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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)6911号 判決

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

小川雄介

被告

東大阪市

右代表者市長

清水行雄

右訴訟代理人弁護士

市原邦夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二七〇万円及びこれに対する平成五年六月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故

(一) 原告は、平成五年五月一五日午後、東大阪市文化会館(以下「文化会館」という。)において開催された近畿大学オービー交響楽団(以下「本件楽団」という。)のコンサート(以下「本件コンサート」という。)にビオラ演奏者として出演した。

(二) 原告は、楽器ケースを舞台裏(ステージ後方反響板の裏側)に置いて演奏に臨んだが、本件コンサート前半終了後の休憩時間中に、ビオラの弓の調節をするために楽器ケースに入れてある松ヤニを取りに舞台裏へ行こうとした。

(三) ところが、舞台裏及び舞台から同所へ行くための通路部分は消灯されていた。原告は、しばらく待っても点灯する様子がなく、また係員にも連絡が取れないため、やむを得ず通路部分に入ったところ、同所が暗い上にロアーホリゾンライト(以下「ライト」という。)が放置されていたので、これにつまずいて転倒し、所持していたビオラと弓を破損した。

2  被告の責任

(一) 国家賠償法二条一項

被告は、文化会館を管理運営している。

舞台裏は、楽器等の搬入通路、置き場所及び調節の場所、並びに出演者の待機場所及び連絡通路に利用されるものであり、したがって舞台裏への通路部分は人の往来が予定された場所である。このような場所に丈が低く黒塗りのライトが放置されれば、そばを通行する者がつまずき転倒する危険性が大きい。さらに、舞台管理担当者である桝谷晃三(以下「桝谷」という。)は舞台裏の証明を暗転したのであるから、右の危険性はより大きくなる。したがって、公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったというべきである。

(二) 国家賠償法一条一項

被告は文化会館の管理運営を財団法人東大阪市施設利用サービス協会(以下「サービス協会」という。)に業務委託し、同協会はレインボウステージにその舞台関係の業務を委託し、本件事故当時は、その担当者桝谷が管理していた。

舞台裏及び同所への通路部分は前記(一)のような目的を持った場所であるにもかかわらず、本件事故当時、文化会館ホールの職員が舞台裏への通路部分にライトを放置し、さらに、桝谷は安全を維持するために舞台裏の照明を暗転するべきではないのに暗転させた。

(三) 債務不履行

被告は、文化会館を管理運営し、使用契約を締結して市民らの使用に供している。本件楽団は、本件コンサートの開催に当たり被告の使用許可を受けた。

舞台裏及びそこへの通路部分は前記(一)のような目的を持った場所であるから、被告には、休憩時間中は右利用に支障のない程度の照明を保っておく義務がある。ところが被告はこれを怠り照明を消した過失があり、さらに、真っ暗な通路にライトを放置し、通行者に対する安全配慮義務を欠いた過失がある。

原告は平成五年六月一日、被告に対し本件損害金の支払いを催告した。

3  損害

右破損前のビオラ及び弓の価格は二九五万円であったところ、破損によりその価格は二五万円になったから、原告は二七〇万円の損害を被った。

よって、原告は被告に対し、債務不履行または不法行為による損害賠償請求として、金二七〇万円及びこれに対する右催告の日の翌日であり本件事故の後の日である平成五年六月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実は認め、同(二)の事実は不知。

同(三)の事実のうち、舞台裏が消灯されていたことは認め、舞台から舞台裏へ行くための通路部分にライトが放置されていたことは否認し、その余は不知。現場の状況は別紙図面のとおりであり、ライトは舞台裏所定の機材置場の横に収納されていたのであって、通路部分にはみ出していなかった。また、休憩時間に舞台裏の照明が非常灯を除きすべて消灯されていたのは、舞台と舞台裏との間が遮断されていないため、舞台裏も消灯するように本件楽団司会者徳重修(以下「徳重」という。)から指示されたからである。

2(一)  請求原因2(一)の事実のうち、被告が文化会館を管理運営していることは認め、その余の事実及び主張は争う。

同(二)のうち、被告が文化会館の管理運営をサービス協会に業務委託し、同協会がレインボウステージにその舞台関係の業務を委託し、本件事故当時は、その担当者桝谷が管理していたことは認め、その余の事実及び主張は争う。

同(三)の事実のうち、被告が文化会館を管理運営していること、文化会館を市民らの使用に供していること、本件楽団が、本件コンサートの開催に当たり被告の使用許可を受けたこと、及び原告が平成五年六月一日、被告に対し本件損害金の支払いを催告したことは認め、その余の事実及び主張は争う。

(二)  楽器の置場所、調節の場所、並びに出演者の待機場所には舞台両側の楽屋及び舞台袖部分が当てられている。さらに本件楽団は会議室も控室として使用していた。これに対し、舞台裏は文化会館の所有・管理する道具類及び照明器具等の置場に当てられている場所であって、出演者の楽器置場等の目的を持った場所ではない。桝谷から本件楽団副団長上坂誠一(以下「上坂」という。)ら数名の者に対し、その旨指示していた。したがって、舞台裏への通路部分は出演者が往来することは予定されていない。

3  請求原因3の事実は不知。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  本件事故について

1  請求原因1(一)の事実は当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によれば同(二)の事実が認められる。

2(一)  文化会館の写真であることに争いのない検乙第二号証の一ないし四、原告本人尋問の結果により原告のビオラ及び弓の写真であることが認められる検甲第一号証、同第二号証及び証人桝谷晃三の証言により文化会館の写真であることが認められる検乙第一号証の一ないし一二、証人立花良一、同上坂誠一及び同桝谷晃三の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件コンサートは第一部と第二部に別かれ、その間に一五分間の休憩時間があったが、演奏時は舞台の照明が点灯、客席の照明が消灯され、逆に休憩時間中は舞台の照明が消灯、客席の照明が点灯された。そして、休憩時間中は、舞台裏の照明も消灯されていた。なお、舞台裏への通路部分には光源がなく、舞台、舞台裏、舞台袖又は客席からの光によって照らされるようになっている。

(2) 原告は本件コンサート第一部開始前に舞台裏にあった平台置場にビオラのケースを置いて演奏に臨んだが、本件コンサート第一部開始前には舞台裏の照明は点灯されており、特に通行に危険を感じるようなことはなかった。ところが、原告が休憩時間に舞台裏へ行こうとした時には前記のとおり舞台裏の照明は消灯されており、通路部分は舞台袖及び舞台裏の非常灯並びに客席からの光がわずかにもれた程度の暗い状況であった。原告は舞台右(上手)袖でしばらく待ったが、舞台裏の照明が点灯する様子がなく、また点灯するように頼める係員も見つけられなかったので、ビオラと弓を持ったまま通路部分を舞台右側の幕の右端に沿って舞台裏へ進みはじめた。

(3) 当時、高さ二〇ないし三〇センチメートルで黒塗りの当日は使用していないライト三本が、舞台裏の右端に置かれていた。原告は、舞台裏へ出ようとした辺りでつまずいて転倒し、所持していたビオラと弓を破損した。

(4) 右の事故後、ライトは一部破損しており、原告も右肘、左中指、左薬指の根元と右足にけがをしていた。

(二)  ライトの位置と転倒の原因について

被告は、ライトは別紙図面の舞台裏の所定の機材置場の横に収納されていたのであり、通路部分にはみ出していなかった旨主張し、証人桝谷晃三の証言中にも、ライトの位置は右主張のとおりであり、原告が転倒したのは右の機材置場の横であると事故直後に原告から聞いたとする部分があり、右被告主張及び桝谷証言によると、ライトの端と幕との距離が1.5メートル程度あり、幕の右端沿いに歩けばつまずく危険はないと認められる(検乙第一号証の一二及び同第二号証の四)。しかし、事故直後に現場を見た楽団員が、ライトの位置について危ないと思った旨証言し(証人上坂)、あるいはライト付近の通路部分が極端に狭くなっていた旨証言していること(同立花)に照らし、桝谷の証言は直ちには採用できず、他に右の被告の主張を認めるに足りる証拠はない。

これに対し、原告は、本人尋問において、ライトは通路部分の演台及び黒板の前に通路に平行に置かれており、これにつまずいたものであって、事故直後の桝谷に対する説明においてもそのように述べた旨供述する。しかし、検乙第二号証の三によれば、右位置でもライトと幕の右端との間隔はかなりあることが認められ、幕の右端沿いに歩いたという原告がライトにつまずくとは考え難いので、原告の右供述も直ちには採用できない。

結局、ライトの位置についてはこれを的確に認定することができないが、原告の認識としてもコンサート開始前に危険を感じるような位置にあったわけではないし、当日は使用していなかったのであるから、その後休憩までの間に移動されたことも考えられず、その証拠もない。また、つまずいたのがライトであることにも疑念が残り、原告が指を怪我していることからすると、転倒して手がライトに当たり、その結果ライトが破損した可能性も否定できない。

(三)  舞台裏の消灯の指示の有無について

被告は、休憩時間に舞台裏の照明が非常灯を除きすべて消灯されたのは、舞台と舞台裏との間が遮断されていないため、舞台の暗転の効果を高めるために、舞台裏も消灯するように徳重から指示されたからである旨主張し、証人桝谷晃三の証言中には右主張に沿う部分がある。確かに、検乙第一号証の一、二及び六によれば、反響板の上部には白い幕が設けられているだけであり、舞台裏からの光はある程度しか遮断されないことが認められるが、徳重は、舞台の暗転についてしか関心はなく、舞台裏の照明についてまで指示したことはないと証言しており、事柄としても、舞台裏の消灯は舞台の暗転のための技術的問題にすぎないことからすれば、舞台裏の消灯は舞台の暗転の指示に基づき桝谷の判断によって行われたものと認めるのが相当であり、右認定に反する桝谷の証言は前掲各証拠に照らして採用できず、他に被告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

二  被告の責任について

1  国家賠償法二条一項

(一)  被告が文化会館を管理運営している事実は当事者間に争いがない。なお、後記認定のとおり、被告は本件事故当時、右管理運営をサービス協会に委託していたことが認められるが、これは地方自治法二四四条の二第三項に基づく措置と解され、被告の文化会館の設置、管理者としての責任を左右するものではない。

(二)  証人立花良一、同上坂誠一及び同桝谷晃三の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、文化会館は小規模なホールであり、オーケストラのコンサートは、アマチュアの団体がたまに使う程度であること、本件コンサート開始前、桝谷の指示により、大きい楽器は舞台左(下手)の舞台入口から搬入され、両側の通路部分を経由して舞台に運ばれたこと、原告ほか数名の者が舞台裏へ楽器のケースを置いて演奏に臨んだこと、本件コンサート第一部終了後に舞台から退出する際、上坂ほか数名の者が押されるようにして舞台右の通路部分を通って舞台裏へ入ったことが認められる。

ところで、前掲検乙第一号証の二、成立に争いのない乙第四号証並びに証人上坂誠一及び同桝谷晃三の各証言によれば、文化会館の楽屋は舞台の両脇に小規模なものしかないため、本件コンサートにおいては、収容人数一〇〇名程度の広い会議室を控室として使用することが許可され、楽器のケースは同所に置いて演奏に臨むこと及び休憩時間は同所で休憩することが予定されていたことが認められ、一方舞台裏は、日常的にステージ用具等文化会館の道具の収納場所として利用されていたことが認められる。

右に照らせば、本件コンサートにおいては、コンサート開始前に大型の楽器を搬入する際に舞台裏を経由したものの、コンサート終了までの間、演奏者が舞台裏へ進入すること及び舞台裏への通路部分を通行することは予定されておらず、その必要もなかったことが認められる。したがって、休憩時間中これを消灯することには格別問題はないというべきである。もっとも、証人上坂誠一の証言及び原告本人尋問の結果によれば、オーケストラのコンサートでは、楽団員が舞台裏に楽器を置いたり舞台裏で楽器の調整をすることは珍しくないことが認められるが、それによって舞台裏の本来の使用目的が変わるわけではないから、右のような利用は基本的に利用者の責任において行われるべきことである。また、ライトの位置は確定できないものの、少なくともコンサート開始前の照明がついていた時点の原告の認識として危険を感じるような位置にはなく、その後移動されたとは認められないことは前述したとおりである。

(三) したがって、本件において、文化会館に利用上通常有すべき安全性に欠けるところがあったということはできず、文化会館の設置又は管理に瑕疵は認められないと解すべきである。

2  国家賠償法一条一項

営造物の設置、管理にかかる国又は公共団体の賠償責任は、国家賠償法二条が規定するところであり、同法一条一項の「公権力の行使」には、営造物の設置、管理にかかるものは含まれないと解される。したがって、同法一条一項に基づく請求は失当である。

また、請求原因2(二)の事実のうち、被告が文化会館の管理運営をサービス協会に委託し、同協会がレインボウステージにその舞台関係の業務を委託し、本件事故当時は、その担当者桝谷が管理していたことは当事者間に争いがないところ、証人桝谷晃三の証言及び弁論の全趣旨によれば、ライトを管理していた者及び舞台裏の照明を消灯した者はいずれも桝谷又は他のレインボウステージ職員であったと認められるので、右が公務員の行為に該当しないことも明らかである。

3  債務不履行責任について

文化会館は、地方自治法二四四条の公の施設であり、その利用を認めるかどうかの措置は行政処分であって、契約関係ではないから、債務不履行責任に基づく請求も失当である。

三  以上によれば、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官島田清次郎 裁判官佐藤道明 裁判官丸山徹)

別紙図面〈省略〉

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